国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」は、17の分野で目標を設定していますが、北海道大学はこれらの目標達成に積極的に貢献しています。地球環境科学研究院のラム・アバタル准教授は、持続可能性を追求することと気候変動の影響を緩和することは、密接な関係にあるといいます。今回は、アバタル准教授に、リモートセンシングと地理情報システムを用いてSDGs達成に向けた進捗を「見える化」する研究についてお話を伺いました。
SDGsの達成にはデータが重要
SDGsの前身であるミレニアム開発目標(MDGs)の最終報告書は、環境の持続可能性 を達成する上で、データ不足が大きな障害となっていることを明らかにしました。私はそのことを知り、SDGs達成のためには、データが重要だと痛感しました。
私の研究では、SDGsの達成を支援するために、地理空間的手法を開発・活用することに重点を置いています。特にリモートセンシング(RS)と地理情報システム(GIS)を用いた研究をしており、気候変動への対応に役立てています。
リモートセンシングと地理情報システムは、SDGsを直接的、間接的にモニタリングするために極めて重要な役割を果たします。SDGsを達成するためには、情報に基づいた意思決定を助ける複合領域的なアプローチが必要です。リモートセンシングと地理情報システムは、それ自体が解決策ではありませんが、情報源として重要な機能を果たしています。
たとえば、SDGs1「貧困をなくそう」について考えてみましょう。衛星データは貧困地域を直接示すことはできません。しかし、モービルマッピング(車両搭載型測量)による道路、地形の情報や国勢調査データなどの二次的な情報を、夜間の人工照明の強度や時間などのリモートセンシング情報とあわせれば、貧困地域を特定し、その経済状況の経年変化を追跡することができます。
同様に、SDGs14「海の豊かさを守ろう」についても、人工衛星は水面下に潜ることはできません。しかし、油の流出や藻の大量発生など、水生生物に悪影響を与える水面の変化は簡単に検出できます。
私は特に、SDGsの15「陸の豊かさも守ろう」に関連した研究をしています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界の二酸化炭素排出量の約20%が森林減少と森林劣化によるものです。この深刻な数字は、森林伐採の横行など、持続不可能な慣習が気候変動の悪化と直接関連していることを示しており、それらの状況をモニタリングし理解することが重要です。
私はまた、全球陸域共同研究計画(Global Land Programme)の日本拠点のディレクターも務めています。そこでは分野を横断して、地球規模で持続可能性を実現する陸域システムの研究と解決策に取り組んでいます。
私の研究の根底にあるのはサステナビリティ
私の他の研究プロジェクトも、何らかの形で持続可能性に貢献しています。私は、データを活用して農場を管理する精密農業プロジェクトに携わっており、東南アジアの農家が精密農業のためにドローンデータをどのように活用できるかを実証するトレーニングプログラムを実施しています。また、都市の持続可能性の分野では、地表温度やヒートアイランド関連の問題を理解するために、三次元の建物データをどのように利用できるかを研究しています。持続可能な水資源管理の分野では、リモートセンシングやセンサー技術で水質を監視する方法を模索しています。さらに、災害関連の問題にも取り組んでいます。例えば、台風が森林に与える影響や、台風被災地における森林の再生、そして地球温暖化の緩和に役立つ土壌炭素が大規模な地滑りによってどのくらい損失するのかを調べています。
リモートセンシングで観測できる気候変動の要因と影響とは?
リモートセンシング技術は、主に陸上の生態系において、気候変動の主要な要因や影響を監視するのに役立っています。この技術によって、気温のパターン、降水量の変化、海水面の変動などに関する貴重なデータを得ることができます。
リモートセンシングの重要な用途のひとつは、気温パターンのモニタリングです。人工衛星に搭載された特殊な温度センサーによって、気温の傾向を地球規模で観測することができます。このデータにより、気温の変動を追跡し、ホットスポットを特定することができます。熱帯降雨観測衛星(TRMM)を用いると、降水量や雨量を時間的・空間的に推定することができます。これらの観測は、変化する降水パターンと、様々な地域に対するその影響を理解する上で極めて重要です。
海面上昇も気候変動の重大な結果ですが、リモートセンシングによって検出することができます。高度計を搭載した人工衛星は海面変動を正確に測定することができ、世界中の沿岸地域に重大な脅威をもたらす海面上昇の監視に役立っています。
こういった衛星データと、地上で収集されたデータを組み合わせることで、気候モデルがより正確に作成でき、検証が可能になります。
森林破壊が気候変動を引き起こす
私のプロジェクトのひとつは、カンボジアの森林の持続可能性と政策に関する研究です。カンボジアの森林伐採は現地の気候に多大な影響を及ぼし、その結果、東南アジア本土ではっきりとした変化が観測されています。特に気温の上昇が顕著で、最近の研究では、年間の最高平均気温が約30℃のカンボジアで、最高で43℃になるほどの気温上昇が記録されています。この温暖化傾向は、熱波を悪化させ、地域の生態系を壊します。
さらに、森林伐採は気温や降水量の変化を引き起こし、一部の作物に影響を及ぼしています。農家はこうした状況の変化に適応しなければならず、農業生産性の低下につながる恐れがあります。森林伐採による水循環の変化は、特にメコン川流域や水上家屋があるトンレサップ湖のような重要な地域で、水位の変動を引き起こしています。こうした変化は、漁業や水資源に悪影響を及ぼす可能性があります。
さらに、森林伐採は地域の気象パターンを変化させ、豪雨や気温上昇などの異常気象の発生を増加させます。このような現象は、地域社会や生態系を破壊し、カンボジアの人々と環境に重大な問題をもたらす可能性があります。森林減少に対処し、持続可能な土地管理をすることが喫緊の課題です。
持続可能性はSDGsの枠を超える
私は、国連気候変動枠組条約が策定した、任意の気候変動緩和の枠組みであるUN-REDD+というプロジェクトに携わってきました。私はカンボジアの森林でREDD+の活動に取り組んでいます。
カンボジアの森林破壊は、さまざまな要因が複雑に絡み合って生じており、それによって驚くべき速度で森林が失われています。主な要因のひとつは農業の拡大で、人口の増加により農業用の耕地が必要になっています。また、違法な木材伐採によって収入を得る人もおり、深刻な問題となっています。
貧しい農村部では薪集めが必要で、そのことがさらに状況を悪化させています。貧しい 集落は、調理や暖房などの必要不可欠な資源を森林に大きく依存しており、持続不可能な木材資源の採取につながっています。さらに、インフラ開発、農業、都市拡大のために森林の伐採が一般的に行われており、カンボジアの森林面積はさらに減少しています。
人口の増加によって土地、木材、農業用地などの資源需要が増大し、森林にさらなる負荷がかかっています。森林火災は、しばしば干ばつや人間の活動によって悪化し、広大な森林地域を荒廃させ、森林減少に大きく影響を及ぼします。さらに、ゴムやパーム油のような大規模なプランテーションを設立するために、森林は大規模幅に伐採されます。
UN-REDD+の実施には、モニタリング(Monitoring)、報告(Reporting)、検証(Verification)をするMRVシステムの導入が必要です。私たちの取り組みでは、森林被覆、森林の高さ、森林減少、森林バイオマスなど、さまざまな生物物理学的パラメータのモニタリングに基づくMRVシステムを導入しています。これらのデータはREDD+に大いに役立ちます。現在、私はこの研究を、集落が協力して計画的に木材生産などを行う「コミュニティ林業」に拡大し、カンボジアの地域コミュニティを巻き込んでREDD+の実施に取り組んでいます。この包括的なアプローチは、二酸化炭素の排出量を取引する「カーボンクレジット制度」を通じて、地域コミュニティと地方政府の双方に共同利益をもたらします。
フィールドワークはモデルやシミュレーションに役立つ
フィールドワークは私の研究に欠かせません。衛星データを、センサーやドローンを使って収集した地上データで補完し、モデルを構築し、さらにフィールド調査を実施してこれらのモデルを検証します。この包括的なアプローチによって、リモートセンシングで収集したデータを正確に解釈することができるのです。フィールドワークは私たちが研究しようとする現象やプロセスを正確に理解するために不可欠ですし、個人的にはとても楽しんでいます。
フィールドで美しい自然に囲まれていると、私はしばしば哲学的になります。自然は私たちにすべてを与えてくれると私は信じています。しかし人類は、持続可能な資源管理や生態系のバランスを軽視し、驚くべきスピードで自然を利用してきました。今日、私たちが直面している公害、地球温暖化、気候変動といった無数の問題は、こうした容赦ない搾取に起因しています。
研究と政策が同様に不可欠
東京大学で博士号を取得後、海洋研究開発機構(JAMSTEC)に就職しました。JAMSTECでの勤務の後、念願かなって国連大学(UNU)での勤務が決まりました。国連大学での4年間、私は政策立案やさまざまな能力開発プログラムに携わりました。
このまったく異なる2つの経験から、私は科学研究と政策立案がお互いに関係していることに気づきました。環境研究は、その結果が政策として広く採用されなければ、ほとんど意味がありません。同様に、さまざまな提案を検証し、最も効果のある提案の根拠を得るためには厳密な調査が必要で、調査がなければ政策立案も極めて限定的なものになります。
私の場合、政策立案に大きく貢献するには、これまでの経験では不十分であったため、もっと研究に専念する時間が必要だと感じていました。このような動機から、自分の研究グループを立ち上げ、情熱を持って研究を進めることができる北海道大学での職を得ることになりました。
文:Sohail Keegan Pinto
翻訳・再編:齋藤有香
2023年12月27日公開