サンゴ礁地球環境学が専門の渡邊剛講師は、サンゴの年代測定や、そこから見えてくる過去の地球環境、そしてサンゴと人間社会の関わりを研究しています。美しいだけではない、サンゴのユニークな性質が私たちに教えてくれる新しい価値とは何か、お話を伺いました。
サンゴの不思議な魅力
サンゴは、刺胞動物門に分類される動物の一種です。主に熱帯地域の浅い海に生息し、とても鮮やかで、形も多様です。僕も、フィールドワークなどで見るたびに心が癒されています。
褐虫藻と呼ばれる藻類と共生しているのもサンゴの特徴です。褐虫藻は光合成で作った栄養分をサンゴに分け与えます。一方、サンゴは細胞内に安全な住処を与えることで、お互いに利点がある関係となっています。また、サンゴは余った養分を粘液として吐き出します。これにより、周囲に微生物やそれを捕食する魚介類が集まってきます。こうして、海の中にサンゴを中心とした生態系が築かれているのです。
サンゴの一生も、とても不思議です。彼らは、満月の頃に産卵を行います。孵化した幼生は海底にくっつく(着生という)と、カルシウムでできた骨格を作り始めます。その後、分裂して大きく育ちながら、群体としていろいろな形に広がっていきます。こうして生まれた地形をサンゴ礁といい、サンゴが死んだ後も数千年の時間スケールで存在しています。オーストラリアにある有名なグレートバリアリーフは、幅2000kmを超える世界最大のサンゴ礁です。
こうして長い年月を経たサンゴには、これまでの地球環境や、人間が作り出した文明の歴史が深く刻まれています。
サンゴから太古の気候をさぐる
我々は、フィールドで採取したサンゴの骨格を研究室に持ち帰り、そこで薄くスライスします。得られた切片をレントゲン写真で撮ると、木の断面と同じようにサンゴの年輪が見えてきます。それから各年代ごとに細かい粉末状にしてリン酸に溶かすと、二酸化炭素が発生します。この二酸化炭素をイオン化して磁場をかけることで、酸素や炭素の同位体比(※1)を知ることができます。最終的に、そのサンゴが当時生きていた頃の水温や降水量といった環境を推測することができます。
例えば、海の水(H2O)には酸素16(O16)と酸素18(O18)という2種類の同位体が含まれています。O16はO18と比べて、南極の氷床に取り込まれやすい性質があるため、気温が低く氷床が広がる氷期には相対的に海の中のO18の比率が上がります。サンゴは骨格を作る際に海水から酸素を取り込むため、気温が低い頃の年輪にはO18が多く含まれているはずです。このことから、酸素の同位体比を調べることで当時の気候を知ることができるわけです。
※1. 同位体比 同じ原子番号を持つが、中性子の数が異なる原子同士を同位体という。この比率は、その物質が作られた時代の環境の影響を強く受けるため、同位体比を知ることで当時の環境を推測することができる。
アッカド帝国の滅亡と気候要因
サンゴを見てわかるのは、当時の気候だけではありません。歴史資料と組み合わせることで、サンゴはその時代の人々の暮らしも語ってくれます。我々が、2019年に発表した研究成果をひとつご紹介します。
西アジアで発達したメソポタミア文明で、今から約4600年前にアッカドという国が誕生しました。アッカド帝国は約400年間繁栄しましたが、あるとき突然滅亡してしまいます。考古調査などで、どうやら当時の気候変動が関係しているらしいと言われていましたが、その詳細な原因はわかっていませんでした。
そこで、サンゴ化石の化学分析を行ったところ、当時の様子が見えてきました。アッカド帝国は農業が盛んだったのですが、サンゴの同位体分析によると、冬の乾燥した風が3カ月も継続して吹き続けた時期があったらしいのです。我々は、この長期間の乾燥によって灌漑用水も枯渇し、住むことができなくなったのではないかと推測しています。
喜界島とサンゴ礁科学研究所
我々が研究拠点としている喜界島は、鹿児島県にある人口約7000人の小さな離島です。サンゴ礁でできた石灰岩の地盤は水をため込む性質があるため、島の至る所に湧き水があり、そこを中心に人々が生活しています。島の住人は古来、サンゴ礁で獲れる魚を食べたり、サンゴで石垣やお墓を作ったりしてきました。各コミュニティは、その土地にまつわる歌や踊りなどを育み、文化的多様性がとても高くなっています。まるで、サンゴがつくる海の中の生態系がそのまま人間も住む島になった、そんな感覚があります。
こうした環境は、島に住む人々の知恵としても息づいていて、人と自然のより持続的な関係性を探る上で重要なヒントがあるような気がしています。
そんな喜界島に2015年、廃校になった小学校を利用してサンゴ礁科学研究所を開所しました。
ここでは、研究だけに留まらず、島に関わる多様な人々との情報交換や情報発信、子どもや若い世代の学びの機会づくりを行っています。サンゴ礁研究は、もともと自然科学の研究者だけではなく、考古学者や人類学者、社会学者などいろいろな分野の研究者によって独自のアプローチで進められてきました。そうして得られた知見をより活用することが大事だと考えたからです。
演劇を通じて、「その時」の心を理解する
最近力を入れていることの一つが、演劇作りです。
昨年上演した物語の舞台は、喜界島が日本に復帰する前の年である1953年の9月でした。当時、アメリカ領だった喜界島では、大きな社会変動が起きていました。実はその時期、我々のサンゴの骨格の記録から2週間くらい雨が降らなかったということがわかっています。9月というと、ちょうど田植えの時期です(※2)。だから、ある集落の社会変動と我々の気候変動のデータを織り交ぜた歴史物語を演劇で作りました。
研究者やアーティスト、地域の方々が一緒になって作っているのですが、演劇をやるにはそれぞれの頭の中にあるイメージを表現する必要があります。僕だったらサンゴの分析データから未来を考えるみたいなことをやっているし、考古学者だったら遺跡、人類学者だったら人々の歴史や文化が思考の根底にあります。僕も演劇のプロではないので、地域の方々に演技や踊りのダメ出しをされたり、うちの集落にはもっと違う文化があって面白いぞと助言されることもあります。普段の研究だけからは得られない、対等で豊かな対話の場が生まれていると感じます。
また、データから得るべきなのは単なる未来予想ではなく、その社会像にちゃんと人の心が付いていくかどうかも大事だと気づきました。二酸化炭素の排出をやめようとか、経済を止めようとかいうスローガンだけではなく、こういう未来だったら一緒に目指したい、あるいは受け入れられるといったことを共に考えることが大切です。
過去にそこに暮らしていた人の心にその時どんな変化があったのか、ここに暮らす人はどんな未来に共感するのか、そうしたことを演劇を通じて丁寧に見ていきたいと考えています。
※2. 奄美地方では、春と秋に2回田植えをする二期作を行っている。
サンゴに倣う、持続可能な知の拠点
サンゴの幼生の大きさは数mm、産卵から着生までの期間は1週間くらいです。ところが、大きくなったサンゴ礁は数千kmにもおよび、数千年の時間スケールで存在し続けるものもあります。
人は誰しも一人で生まれてきます。そして家族を作り、仲間を得て、集落や国を作って … という風に広がっていきます。このように考えると、サンゴと人って似ているなと思うんですよね。
サンゴも人も、時間をかけて少しずつ自分たちが暮らす環境を作ってきました。
しかし産業革命以降、人は長い年月をかけて作られた石油や石炭を一気に燃やしています。これは、サンゴをはじめとした自然界の本来の時間スケールを超える異質な動きと言えるのかもしれません。
サンゴは、これまでに地球上で起きた様々な激動の変化を乗り越えてきました。今回の地球温暖化も、もしかしたらある程度は適応できるのかもしれません。ただ、人類が起こしつつある変化の速度がサンゴの適応のスピードに比べて速ければ、やはり非常にシビアな将来が待っていることでしょう。
今僕は、喜界島でサンゴに関する研究と教育の拠点をつくっています。ここで起きていることは、研究者にとっても、そこに住む人々にとっても良い循環をもたらしていると感じています。最近は、他の島々でもやってくれないかというようなお声がけもいただいています。
ゆくゆくは拠点を少しずつ増やし、さらに拠点間をつなぐような生態系をつくっていければ良いなと思っています。昔、クラーク博士が船で世界を旅しながら学ぶことができる「洋上大学」を夢見たように。国境を持たないサンゴから得られる知恵が、そうしたゆるやかで持続可能な知の拠点を形成していくための鍵になるのではないかと思っています。
考えるだけではなく、実践し交流する研究
北海道大学の前身である札幌農学校は、かつて農業の技術を当時の日本領だったパラオや台湾などに持っていって支援を行っていた時期があったそうです。そうした交流の中で持ち帰ってきたサンゴが現在の研究につながっていると、学部時代に当時の先生から伺いました。それを聞いて、面白いと思ったのが、サンゴの研究を始めたきっかけです。そうした経験も、現在の研究への考え方に活かされています。
(文: 株式会社スペースタイム)
2024年4月1日公開